テレビを見たり勉強した

21時から放送されているバラエティー番組を見ました。今回は2時間スペシャルでした。宝石や動物についてやっていました。動物はカワウソが出ていました。癒されました。そして、勉強をしました。綿糸を生産する紡績業は幕末以来、安い輸入綿糸・綿織物におされていました。その後、在来の国内の技術を応用した紡績機もあらわれましたが、1883年、イギリス製の紡績機・蒸気機関を本格的に導入した大阪紡績会社が開業しました。こうして大規模な機械紡績工場がつくられると、輸入綿花を原料とした綿糸生産が増えていきました。その結果、1897年には綿糸輸出量が輸入量を上まわるまでになりました。輸出相手国はおもに清国・韓国でした。綿織物生産も発達しました。農村では手織機の改良が進み、のちには豊田佐吉の考案した国産の力職機が広まりました。工業の発達では、金融・貿易面の支援が欠かせませんでした。政府は日清戦争で得た賠償金として、1897年に金本位制を確立し貨幣の価値の安定と貿易の発展をはかりました。こうして日本の産業革命は、軽工業を中心として1900年ころまでに達成されました。軽工業部門にくらべ、重工業部門は立ち遅れていましたが、1900年代に入るとようやく生産体制が整いはじめました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です